「私のくらし」や「私の暮らすまち」を豊かにするための学びの場を食育を中心にコーディネートしているNPOです

2019年度CSまちデザイン 福島スタディツアー報告  2019年11月3・4日

東日本大震災から8年半以上が経ちました。

CSまちデザインでは、都市部に暮らし、原発の恩恵を受けていた私たちは、決してあの震災、あの原発事故を忘れてはいけないと、「福島応援講座」を行うと共に、2013年から福島スタディツアーを実施してきました。

食料は海外からも調達できますが、水やエネルギーは輸入するわけにいかず、新潟県や福島県に生産を委ねてきた構造があります。生きるために必要なものを提供してもらうだけで、そのために生じた被害には知らん顔しているわけにはいかない、首都圏の私達にとって「自分ごと」なんだという意識を持ち続けるために、直接現地を訪れて、学び感じることを大切にしています。

以下に参加者の報告・感想を掲載いたします。

 

<報告>

今年は11月3日・4日。2回目の訪問となる飯館村へのツアーでした。訪ねた場所、出会った方たちからたくさんのことを教えていただきました。

≪きまぐれ茶屋ちえこ≫

建物の前でちえこさんにお話を聞く昼食のお膳

佐々木千栄子さんの「嫁しかやってこなかったもの。何もできないわよ」から「令和のスタートに合わせて亡きご主人とはじめよう!」までのお話を伺いました。

千栄子さんは飯館村が「平成の大合併」の際、合併せず自立の道を選択した時に「私も自立しなくちゃ」と農家レストランを立ち上げ、その後病にかかり、震災を経験。避難生活の中でご主人を亡くされたそうです。仮設住宅の「何もやることがない生活』はそれまで朝から夜まで農業を営んでいた千栄子さんをうつ状態に。しかし、“迷っていても沈むばかり。やっぱりお父さん(ご主人)と一緒にいたい”とご主人と一緒に過ごした場所で「令和」と一緒にはじめよう!と2019年5月営業再開。自分の葬儀費用もはたいて開業資金に充て、息子さんに「なら死ぬな」と言われたとのことで、一念発起の覚悟が胸にせまりました。

村の文化を伝えたいと『凍み餅、凍み大根』や手作りの漬物、煮物がたっぷりの食事は千栄子さんの人柄がにじみ出るようなほっとする味。そして自家製『どぶろく』が特徴の農家レストランは週に3日開店。

笑いながらこれまでのことを話す千栄子さんに、どれほどの辛い時間があったことかと思うと、「気まぐれ茶屋」の存在が彼女にとっての救いであり、そこで味わえるしみじみとした食事と空間は、飯館や福島の人だけでなく、私達首都圏に住む人間、もっと多くの人にとって救いとなり、示すものがあると思われました。

福島第一原発ができた時“何かおきたら80km逃げなさい”と言われていたがその時は”何が“何か“なのか分からなかった。飯舘村は、電源立地交付金など原発から経済的恩恵を受けた地域でもなく、近くに原発がある実感もなかったが、事故後の風向きによる放射能汚染によって全村避難を余儀なくされ、このことだったのかと考えたそうです。

2017年3月に長泥地区を除いて避難解除になるも現在2割くらいの人しか戻ってきておらず、それもおもに高齢者。農業を再開しているひともごく一部というのは寂しい現状です。

≪虎捕山津見神社≫

神社信仰狼天井絵(荒木さん写真)

前氏子総代の菅野永徳さんにお話を伺いました。

1051年創建という由緒ある神社は山の神として林業に携わる人が多くお参りに来るとのこと。火事で焼失したが、2015年にふるさとのシンボルとして再建。再現された天井画は今までより見る人が増えたそうです。

信仰はオオカミ。狛犬ではなく、オオカミが見守る神社。天井絵もオオカミ。(そういえばきまぐれ茶屋のどぶろくも『白狼』という名でした。この地区の守り神なのですね)

 

≪風と土の家≫

入口学習会内装仮設住宅の木を使った

原発事故によって全村避難となった時に二本松の仮設住宅(ログハウス)で使われた建材をリデザインして作られた農泊交流施設。

農業体験、スタディツアー、セミナーなど、宿泊や会議で利用できます。そこでNPО法人ふくしま再生の会の理事長田尾陽一さん、副理事長の菅野宗夫さんからお話を伺いました。

ふくしま再生の会は原発事故からの再生に向けた活動として、村民を中心として、行政・大学・研究機関・企業・メディア・市民ボランティアなど様々な人がつながり、空間放射線量の測定・動植物や土壌の測定・土壌の汚染低減の試み・健康相談・食事指導・農業体験ツアーなどを行っています。

海が保たれているのは森を守ってきた人がいるから、という事と同じように社会は循環していることを忘れないことが大切。自然を蓄えている地域があるから都会もやっていける」との言葉が印象的でした。

原発事故のあと汚染土としてはぎ取られた田畑の表土5㎝はそれまでの長い農業の営みによって作られた肥沃な土であり、それをはぎ取ることは身を削られる思いがしたとのこと。そこに山砂を入れてももと通りにはならない。それどころか、汚染土を入れた「フレコンバッグ」は本来生活を再生するためのものでありながら、飯館村の24%を占める大切な農地にまだ230万個も置かれたままなのはおかしい。『放射能の問題は住民を分断させてしまった』のだと菅野宗夫さんは繰り返し言葉にされました。

 

≪「放射能汚染からの食と農と暮らしの再生を」学習会≫

石井先生学習会懇親会集合写真(荒木さんが入っている)

福島大学食農学類准教授 石井秀樹先生による学習会

福島大学は「どういう土壌がセシウムを吸収しやすいか」、「食物への汚染の移行係数」など、体系だった放射能対策を研究しています。 そして住民とともに森林・林道・農道・河川管理道路・防火水槽・飲み水などの検査を実施、その結果を議会や地域住民へ提案・提供しています。水田・果樹園の検査は10万件にも及び、立場の違う人と一緒に放射能検査することが大切、特に消費者が測ることが大切ということでした。驚いたのは福島県の米は全量全袋検査が行われており、カリウム肥料による汚染低減対策の効果もあり、基準値100Bq/㎏を超過するコメは3年連続で確認されていないということでした。

また石井先生は親水性がある放射性セシウムは油には溶けないという性質を生かして南相馬地区を中心に菜の花栽培と搾油の事業を復興のカギとして提案されており、大学と住民との強い信頼関係によって地域の再生に光が見えている事を感じました。

一方、「現実には福島県以外にもホットスポットがあるので日本全体の汚染マップを見る必要がある」とも付け加えられ、日本の国民全体で薄れゆく関心を引き戻さなければならないと思いました。

 

≪福島大学の実験圃場とえごまの栽培≫

ハウスにひろげられたえごまえごまを手にとるえごまのなり方を聞く

飯舘村飯樋地区では、福島大学の協力も得ながら、雑穀類の栽培試験研究がおこなわれています。帰還者も、帰還せずときどき村に通うだけの村民も共同で栽培することにより、地域の遊休農地の保全、6次産業化、コミュニティ醸成による地方再生を目指しているそうです。

その中で「えごま」のハウスを見学させていただきました。シソの実のようななり方をするえごまは収穫されてハウス内で乾燥されていました。

近くの圃場で野菜の試験栽培を実施していた大学の木村先生がレクチャーしてくださった『環境保全型農業』とは、「耕さない農業」・「輪作」「農薬と化学肥料に頼らない農業」とのこと。特に耕さない農業が今は世界の潮流で、日本は遅れているとのことでビックリしました。トマトでいえば、耕さない畑のトマトの方が糖分・リコピンが多い。耕さない方がミミズが増えて土がやわらかいのだそう。耕す理由は化学肥料によって土が固くなっているからということと、雑草対策。その土地にあった草はそのままに土にかぶせておくことが究極のカバークロップだとも。耕さない、草取りしない、化学肥料をまかない…労力と費用の削減になるこの農法は希望と思えました。こうして『福島は新しい農業をやる可能性がある!放射能汚染のネガティブなイメージをひっくりかえす!』との木村先生の言葉に鳥肌がたつほどのエネルギーを感じました。

 

≪飯樋地区の住民の方との交流≫

うどんつくり山田さん飯樋の女性たちとえごまをする(荒木さん写真)うどんをゆでる(荒木さん写真)みんなで昼食

60名ほどの住民の方々との交流。おもに男性は地元の小麦粉をつかったうどんつくり。女性は地域特産のえごまをたっぷり擂って、ニンジンのごまあえ・うどんのかけつゆ・ブロッコリーのディップ、白切鶏のゴマだれ料理…と贅沢ににえごま尽くしの昼食をつくりました。かざらない地元の方々の方言やしぐさがあたたかく一緒に食事しながら、被災のご苦労を聞きました。リーダーの長正増夫さんから「えごまをもっと生産して東京の人達に買ってもらいたい!」との意欲たっぷりの言葉。福島大学の研究者のかたたちから、化学肥料を与えずに栽培した花が水につけた状態でそうでない育て方をしたものより日持ちする、といった実験の報告もありました。ここでも福島大学の研究が住民にしみ込み、自然に即した生きかたに対する確信が、この地域で生きる指針となっているように感じられました。

帰りがけに見せていただいた山田さんの牛舎では『福島牛といえば売れる。でも飯館牛として売りたいんだ』と故郷で生きる酪農家のかたがたの努力と思いも感じました。

フレコンバック田んぼには写真きこりの家前集合写真(荒木さん)

(写真はフレコンバッグが並ぶ田んぼ)

震災・原発事故で失ったものははかりしれないけれど、そのなかでもっとも悲しいことは地域コミュニティと一体化した産業である農業が立ち行かなくなるような地域の分断。

しかし福島はマイナスだから、ここから思い切った事がやれる、といった前を向く明るい方々、それをバックアップする福島大学のかたがた、そしてもともと根付いていた地域の底力を強く感じました。首都圏に住む私たち、日本で同じものを食べる私たちは、常に「自分が」できることを考えていくようにしたい、もっと自然と共生する生きたかを大切にしたいと思いました。またそれを忘れないためにも、福島を訪ね学ぶ機会を大切に続けていきたいです。

CSまちデザイン 事務局長 稲葉亨江

 

<感想 (抜粋)>

「放射能は見えないから不安、だから見える化することが大事。それも住民自らが測定することが大事」(福島再生の会副理事長:菅野宗夫さんの言葉)

その土地で生活している人が測ることが大事、客観的なデータを積み上げそれを立場や分野の違う人(住民・行政・学者など)が集まって話し合うことが大事だということは、物事を民主的にすすめていくときにとても大切な姿勢だと思いました。与えられた情報に頼らず、それぞれが納得できる確かな情報を持ち寄って議論するということ、自分ごととして関わるということだと思います。

けれども、放射能という大きな問題を抱えながらの「村の再生」という大きなテーマ、ゴールに向けてはとてつもなく長い時間がかかること、時間が経過し事態が変化すれば人の心のあり様も変わること、ご苦労が伝わってきました。人の心に潜む差別やお金が絡むことで起こる新たな分断に、心が痛みます。

CSまちデザイン 理事 加瀬和美

 

2年ぶりの飯館村。帰村される方が少しずつ増えて生活の匂いが以前より感じられたこと、フレコンバックが中間貯蔵施設に移動されて少しずつ減っていることを見て、復興の歩みが少しずつだけど進んでいることを体感しました。また、故郷である飯館を愛する人たちが、それぞれの立場で着実に足元を固めながら道を切り拓こうとされていること、しかも、悲壮感が漂うのではなく自然体で取り組んでおられることへの強さに感動しました。
特に印象的だったのは、福島大の石井秀樹先生が南相馬の菜の花プロジェクトとの広域連携を提案し、飯館村、南相馬市の農家がWin-Winとなるグランドデザインを描き、粘り強く合意形成に取り組んでおられること。原発事故を経験したが故のオルタナティブな農業の一端を示していただいたと思います。多様な思惑や考え方がある中で、まとめることは相当大変だったのではなかろうかと思いました。
CSまちデザイン 監事 山田健介

 

 

 



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